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東京高等裁判所 昭和50年(ま)11号 決定

請求人 玉木明一

訴訟代理人 橋本乾三

主文

請求人に金五万二八〇〇円を交付する。

理由

本件請求の理由は、代理人が提出した刑事補償請求書に記載されているとおりであるから、これを引用し、これに対し当裁判所は以下のように判断する。

一、請求人に対する窃盗被告事件(第一審武蔵野簡易裁判所昭和四七年(ろ)第一七〇号、同第一七九号、控訴審当裁判所昭和四九年(う)第三〇〇五号各事件)の関係記録によれば、請求人は昭和四七年七月三〇日窃盗の被疑事実(請求人が昭和四四年八月上旬ころ三鷹市新川六丁目三七番五号東京多摩青果運送株式会社車庫において、同社所有の油圧式ミツシヨンジヤツキ一台を窃取した旨の被疑事実、以下これを甲事実という)により逮捕され、引続き八月一日勾留され、勾留中のまま右甲事実を公訴事実として八月一〇日武蔵野簡易裁判所に起訴されたこと、請求人はその後八月二二日保釈許可決定により釈放されたこと、請求人は、右の勾留期間中に他の窃盗被疑事実についても取調をうけて自白し、八月一九日窃盗の公訴事実(請求人が昭和四七年三月中旬ころから同年七月二五日ころまでの間一〇回にわたり東京多摩青果運送株式会社整備工場および東京多摩青果株式会社車庫において川北久雄らの管理する自動車用工具類合計二八点を窃取した旨の事実、以下これを乙事実という)により追起訴されたこと、武蔵野簡裁は、前記甲事実についての起訴事件、右乙事実についての追起訴事件を併合して審理したうえ、昭和四九年一〇月二九日、乙事実について被告人を有罪と認め、懲役六月、一年間刑の執行猶予とし、甲事実については犯罪の証明がないから被告人を無罪とする旨の判決を言渡したこと、右判決のうち無罪部分については検察官からの控訴がなくそのまま確定したが、有罪部分については弁護人から控訴申立がなされ、その控訴審として当裁判所は昭和五〇年六月一七日、乙事実についても犯罪の証明が十分でないとの理由で原判決を破棄し被告人を無罪とする旨の判決を言渡したこと、右判決に対しては検察官からの上告がなくそのまま確定したこと、以上の諸事実が明らかに認められる。

二、そこで、先ず、本件補償請求について決定をすべき管轄裁判所について考えると、刑事補償法六条は、「補償の請求は無罪の裁判をした裁判所に対してしなければならない」と規定しているのであるが、同法一条において、「無罪の裁判を受けた者が……未決の抑留又は拘禁を受けた場合には、……補償を請求することができる」旨刑事補償の要件を規定していることと合わせ考慮すれば、無罪の裁判と未決の抑留、拘禁との間には関連性がなければならず、通常の場合についていえば、ある被疑事実を理由として逮捕、勾留がなされ、その事実につき公訴が提起されたが無罪の裁判がなされたとき、その無罪の裁判をした裁判所が右逮捕、勾留に関する刑事補償請求についての管轄裁判所ということになるわけである。ある被告人につき逮捕、勾留がなされ、その後無罪の裁判がなされた場合であつても、その逮捕、勾留と無罪の裁判とが全く無関係な場合には、単にその被告人について無罪の裁判をしたということだけで、その裁判所が刑事補償請求についての管轄裁判所となるものでないことは当然である。

本件の場合について検討すると、逮捕、勾留の基礎とされたのは甲事実であり、その甲事実については武蔵野簡裁において無罪の言渡がなされ、その裁判は既に確定しているのであるから、請求人としては、右甲事実についての無罪判決が確定した時点において武蔵野簡裁に刑事補償の請求をしてよかつた筈である。すなわち、本件請求についての本来の管轄裁判所は武蔵野簡裁であるといわなければならない。しかし、請求人は前記のように乙事実についての有罪判決に控訴申立をし、当裁判所においてその事実についても無罪の判決がなされてから、当裁判所に本件補償の請求をしたものである。当裁判所に請求した理由として、請求人の代理人は、「本件においては、甲事実につき被告人を逮捕、勾留し取調をしている期間中に、これと平行して乙事実についても被告人の取調その他の捜査がなされたのであり、甲事実についてなされた抑留、拘禁と乙事実についてなされたそれとが不可分であつて区別することができないのであるから、右両事実を通じて請求人がうけた抑留、拘禁について刑事補償の決定をなすべき裁判所は、記録全体を審査して甲、乙両事件の捜査や審理状況を最も良く知つている控訴裁判所がそれに該当するというべきである」と主張する。本件において甲事実を基礎とする逮捕、勾留の期間中に乙事実についても被告人の取調がなされたことは前記のとおりであり、本件における逮捕、勾留期間のうちどれだけが甲事実の取調のために用いられ、どれだけが乙事実の取調のために用いられたかを明確に区分することができないことは所論のとおりである。そして、当裁判所は、控訴審として、乙事実につき有罪の判断をした原判決の当否についてのみ審理をしたものではあるが、甲事実に関する事件と乙事実に関する事件とが原審において併合審理され一個の記録に編綴されていたこと、控訴趣意において、本件の逮捕、勾留は違法であり、その間になされた乙事実についての取調も違法である旨の主張がなされていたことなどの関係から、記録全体について調査検討し、本件甲、乙両事実についての取調の経過、状況をも検討し把握したことも所論指摘のとおりである。本件補償請求の原因となる逮捕、勾留は、形式的には甲事実についてなされたものであるが、実質的にはその逮捕、勾留が乙事実の取調についても利用され、しかもその乙事実についても当審において無罪の裁判がなされたのであり、このことも本件補償請求の当否を判断し補償金額を決定するうえにおいて、当然に考慮されるべき重要な事情の一であると考えられる。以上のように種々考察すると、当裁判所がした無罪の裁判も本件における逮捕、勾留との間に密接な関連性があり、事案の特殊性からしても、未決の抑留、拘禁をうけながら無罪の裁判をうけた者に対する補償を適正、迅速になすべきものとする刑事補償法の趣旨からしても、また補償決定が二途に分れるのを防ぎこれを統一的にすることが同法の精神に適うものであることからいつても、ひとり武蔵野簡易裁判所のみではなく、当裁判所もまた本件補償請求について実体的な判断をなすべき管轄裁判所に該当すると解するのが相当である。代理人の前記主張は理由がある。

三、さらに進んで補償の額について検討すると、前記のように請求人がうけた未決の抑留、拘禁の期間は昭和四七年七月三〇日から八月二二日までの二四日間であること、請求人は本件の逮捕、勾留をうける直前ごろまで東京多摩青果株式会社の自動車運転手として月収七万五〇〇〇円を得ていたものであること、本件において前記のように甲、乙両事実につき捜査がなされ、公訴提起がなされたうえ、結局全部について無罪の判決が確定するに至るまでの経緯、刑事補償法四条一項に定められた補償金額の範囲、同条二項に定められているような諸般の事情などの諸点を総合して考察すれば、請求人に対する補償額は、一日二二〇〇円の割合による二四日分の金額、すなわち五万二八〇〇円と定めるのが相当と認められる。よつて、刑事補償法一六条により主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 上野敏 裁判官 藤井一雄 裁判官 千葉裕)

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